ソウル日記1 「本当のヒョン。」

ソウル日記

-事実は小説より奇なり-

はじめに
これは、川上弘美さんの『東京日記』に影響を受けて始まった日記です。『東京日記』への尊敬と憧れの心を、ここに表すことができたら何よりの幸福です。『東京日記』では、川上さんの、愉快だが、かなり不思議な生活を読むことができます。作中には「事実は小説より奇なり」という言葉が登場しますが、まさにその一言に尽きると考えます。私は『東京日記』を読みながら、日常に溢れている(と川上さんがおっしゃっていました)のか、わからない「奇」の部分を探してみたいと思うようになりました。そんなわけで、私は韓国のソウルで生活する留学生なわけですから、東京ならぬ『ソウル日記』を書きながら「事実は小説より奇なり」の真意を確かめてみようと思った次第です。

8月のある日 晴れ

兄弟と外食をしているときに、60代に見える男性一人と女性二人が座る隣のテーブルから聞こえてきた話。
「ベジタリアンは、臭い」
と男性が話す。
「そう、そう。ベジタリアンは臭くなるんだよね」
隣の女性も続く。
「何事もバランスが大事よね」
もう一人の女性が言う。
「え、そうなの?」
心の中で反射的に答えてしまう。
野菜ばかり食べていたら体臭がひどくなるのかなあ?
新たな疑問が生じた一日。

8月のある日 晴れ

夜中にお腹がすいて何か食べるものを買うためにコンビニに向かう途中、ものすごい速さの自転車(片手をやや下方向に大きく広げ、片方の手では紙たばこを吸っている)が通り過ぎる。
全くブレずに一直線に駆け抜けていく自転車を後に、なんだか呆然。
あのような高度な技術を、一体どこでどのようにして身に着けるのだろうか。

8月のある日 晴れ

引き続き昨日の自転車の姿が脳から離れない中、数年ぶりに温泉へ。
そこで聞いた話。
「知り合いにニートみたいな人がいたんだけどさ、
しかも、その人は、女の人からお小遣いをもらいながら生活しているんだけど」
突然すごく興味深い話を切り出される。
「時間があって暇だから、毎日サウナに行ってるんだって。俺もこの間、サウナに誘われて行ってきた」
どうやら人は時間が余るとサウナに通い始めるらしい話を聞いて、納得したような、しないような気持ちになる。

8月のある日 晴れ

私は小さいころから声が大きい方ではなくて、よく声が小さいと言われてきた(今でも大きい声を出すことが辛いほうなのですが、、、)
兎も角、めんたいこの食べ放題のお店に行ったときの話。
そこは、実は、めんたいこの専門店というわけではなく、店員にお願いをすると、明太子をおかわりすることができるという仕組みのお店である。
店員を呼ぶときに「すみません」と言うのに勇気が必要で、憂鬱になりながらも、なんとか、
「すみません」
と言ってみる。
すると、前に座っていた兄弟が
「声でかっ」
と驚きながらの一言。
声が通らなくて「すいません」って言ったのにもかかわらず、誰も気づいてくれなかったら悲しいし、それを回避しようとして頑張って声を出してみたわけなのですが、そのおかげで、人生で初めて「声がでかい」と言われることに。
店内にが異常なまでに静かだったこともあるが(客は少ないのに店員は非常に多かったから余計会話するときに気まずかった)、店員を何度も呼んで、しかも「おかわりお願いします」なんてちょっと照れくさいじゃないですか。たくさん食べたいのに!!
「声が大きい」と初めて言われたけれども、いざ言われてみるとあまり嬉しくないということを発見。

8月のある日 晴れ

iPadの写真アプリを開くと、どう考えても覚えのない、写真がある。
ベッドに(笑いながら)寝っ転がっている自分の写真である。
すぐに兄弟に連絡をする。
「おれ、撮った記憶ないよ」
恐ろしい返事が返ってくる。
考えてみたら、二人で飲みながら夜を明かした日時と、写真の情報が一致することに気がつく。
その一枚だけ、なぜ撮ったのか、不思議である。
写真を見ても全く思い出せない記憶にもどかしさを感じるが、酔っぱらいながらも私を撮影してくれた兄弟のことを考えると、なんだか少し、嬉しい気持ちになる、そんな夏の夜でした。

8月のある日 快晴

レンタル自転車の利用権(1か月)を5000ウォン(約500円)で購入する。
さっそく友達と買い物に出かける。
お店の近くにある自転車を返却するスポットに駐車し、返却手続きをするも、何度もエラーと表示されて返却できない。
もしや、このまま返却できずに、レンタル可能時間(一回のレンタルで1時間借りることができる)まで待ち続けたあげく、しまいには、罰金などのペナルティを受ける運命なのか!?
と、あたふたしながら困惑していると、友達がサービスセンターに電話をして解決してくれる。
友人曰く、たまに「こういうこと」もあるらしい。
初めてサービスを利用したときに、まれに起こる不具合の現象に遭遇してしまう自分の運のなさに肩を落としながらも、買い物をした後、友人とおいしいものを食べることができたのでよし。
それにしても、困っているときに、サッと問題を解決してくれた友人、ありがたや~

天丼の写真
大学の近くにある日本食のお店で食べた天丼

8月のある日 雨のち曇り

また、レンタル自転車に、乗ってみる。
返却できなかったらどうしよう、という強い不安を感じながらも、とにかく乗ってみる。
30分ほど、ソウルの夜道を駆け抜ける。
少しの間、返却できなかった時の恐怖心から解放され、愉快な気持ちに。
今日、午前中に課題を頑張った自分を少し褒めながら、恐る恐る、返却スポットへ。
ちゃんと、無事に返却できました。

8月のある日 曇りのち晴れ

再びレンタル自転車に、乗ってみる。
すでに、問題なく返却できるできることを知っているため、堂々たる態度で借りる。
堂々たる態度から来る勢いに乗って、ソウルで初めてダーツバー(趣味で、日本でダーツを始めたが、韓国ではまだやったことがなかった)に行ってみる。
自宅から、自転車に乗って10分ほどで到着する。
お店に入ると、常連のお客さん(7名ほどいらっしゃいました)とオーナーが明るく挨拶をしてくれる。
オーナーは先日、日本に行ってきたばっかりだとか。
そこからは、まだまだ初心者の私にダーツのことについて、熱いご指導をしてくださり、ダーツについての知識が思わぬ形で増えることに。
レンタル自転車を乗りこなせるようになった次は、運の流れに乗り始めたか!?
ダーツバーなのに、お酒を注文しなくても良いから、自由に練習しに来ても良いと言ってくださり、とにかく至れり尽くせりの対応を受ける。
練習を重ね、実力をつけた後、大会にでるのも可能とのこと。
ダーツ(ボードに向かって投げる棒状の道具)を貸してくださったり、一緒に対戦してくださったりしたり、みなさん、とても親切で素敵な方でした。
突然現れ、拙い韓国語を話す外国人にも親切に接してくださった方々、ありがたや~
また、近いうちに来ることを誓い、退出。

8月のある日 晴れ

遊園地に行く。ソウルにある、ロッテワールドという遊園地である。
わたしは、絶叫系の乗物が大の苦手であるが、この日同伴したS氏が大得意だと言うので、がんばって乗ってみることに。
それは、一回転する類の、非常に凶悪に見えるもので、一度乗ってしまったら最後、もう元の場所には戻ってこられないのではないかという雰囲気さえ感じられる。
とにかく、列に並びながら恐怖のあまり逃げ出したい衝動に駆られては、楽しそうに順番を待つ小さい子をみつけて、あんなに小さい子供でも乗れるんだから、と自分を慰める。
とにかく、自分を慰める。
とにかく、がんばって並ぶ。
自分の番が来る。
がんばって、乗る。
ジェットコースターが動きだしてから、すぐに、あり得ないほどの角度を上り始める。
急な坂をゆっくりと上りながら、今までしてきた数々の悪行の許しを、神に請う。
あのとき、ルームメイトのヘアオイルを勝手に使って、ごめんなさい。
あのとき、勝手にルームメイトの卵を食べて、ごめんなさい。
いつも、歯磨き粉やシャンプーを勝手に使って、ごめんなさい。
そのような日々の懺悔をしているうちに、気が付いたときには、わたしは宙に浮いて、回転して、気絶しかけて、なんとか意識を保ちながらも、出発場所に帰還。
これは、やはり、私の日々の悪行に対して天の下す誅罰なのうだろうと、甘んじて受け入れることに。
罰を受け、心身清まったことだし、清々しい気持ちで家に帰ってから、友人のシャンプーで頭を洗いました。

8月のある日 晴れ

アメリカの大学に通う형〈(ヒョン)男性からみて年上の男性のこと。兄・兄さんといった感じ〉に、혜화(フェファ)で会う。
ヒョンとは、約1年ぶりの再会である。
ヒョンは、韓国人なのだが、アメリカの大学から高麗大学に交換留学しているときに出会い、親しくなった。
ヒョンの交換留学の期間は1学期のみだったため、ヒョンがアメリカに戻った後には、たまにインスタで連絡をやり取りしていたのである。
久しぶりに再会して、火鍋を食べに行く。
火鍋を食べながら、年齢の話になる。
「そういえば、ゆうた(筆者)は、何年生まれだっけ?」
ヒョンが言う。
「2000年生まれだよ」
「え?」
「ゆうたがヒョンじゃん!!」
束の間の沈黙ののち、ヒョンは2001年生まれ、つまり、私より一つ年下であることに、いまさら気が付く。
私は年下に向かって、約一年という短くはない期間、ずっと「お兄さん」と呼んでいたのである。
それから、私は「ヒョン」、彼は名前で呼ぶことになり、最初は何とも言えない気まずさがあったものの、すぐに慣れました。

つづく。

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